2014年09月03日
_ [misc]言論の自由,させないのも自由
池上彰氏、朝日新聞への連載中止へ…「朝日は謝罪すべき」と書いたら掲載拒否され
なんかねぇ,ここまで来るとむしろ潔さを感じて止まない。さすが,朝日新聞。とても参考になる。
_ [R1200GS]ツーリング画策中
今週の土曜日,仙台で法事がある。新幹線で日帰りも可能なのだけど,とても慌ただしいし,車中が退屈だ。どうも,電車の中で本を読んだりするのが苦手なので。
そうか,バイクでツーリングにすれば良いじゃん。
月曜日に太平洋で台風が発生していないことを確認し,そうすることにした。そうです,手段のためには目的を選ばない男です。昼休みに,前から欲しかったカッパとブーツカバーとタンクバックをポチっと購入し,ビジネスホテルを予約した。片道 600km を越えるロングツーリングになるが,後は体力勝負のみ。水曜日の今日になって,ネットショッピングの発送通知が来た。タンクバックとブーツカバーは,何とか間に合いそう。残念だが,カッパは間に合わないみたい。今回は嫁さんの山歩き用カッパを借用して過ごそう。
10年ちょっと前までは,常にタンクバックを使用していた。しかし,就職してホンダのアフリカツインの乗り換えて林道を走ったら,走行中に脱落した。以来,デイパックを使ってきたのだが,やっぱり肩が凝る。GS のタンクは以前の磁石式のタンクバックが使えないんで,思い切って新規購入した。カッパは,大学生だった頃からビニールカッパしか持っていなかった。就職してからは,雨のに日は乗らなかったし。だから,泊りがけのツーリングに行かなくなったのかもしれない。ブーツカバーも同様だ。これを機に,あわせて新調することにした。
思いつきで走るツーリングばっかりだったので,決まった目的地までのルートの確認をしたりするのも,なんだかとても新鮮だ。
2017年09月03日
_ [VFR800X]お寿司をいただきに富山氷見方面へ
富山湾の海の幸が食べたくて,氷見方面へツーリング。8時頃に走り出し,一般道で北上。
R248,R41 を経由して和良,郡上八幡から R156 で御母衣ダムの湖畔の荘川桜の駐車場。多治見からだと,せせらぎ街道よりもこのルートの方が早い。
そのまま R156 で北上し,世界遺産,白川郷のお気に入りスポットで休憩。
R156 でそのまま北上して富山県の雨晴海岸の無料キャンプ場の駐車場へ。海が見えるとテンションが上がる。キャンプしたくてテンションが上がる。
で,目的のきときと寿司。独りで入るのは初めてでかなり緊張。お店のガラスに自分が写り込んでいるのも気付かなかったくらい。白エビとかのどぐろとか,富山湾の幸を交えてお寿司をいただいた。
帰路は福光から高速を利用。どう見ても雨っていう雲だったんで,雨パッキング。カッパは着なかったんだけど,荷物のいくつかををビニール袋に収納。なので,この後の写真は無し。東海北陸道から東海環状道を経由し,505km の走行で自宅へ。ERGO-VARIO アジャスタブルスクリーンスポイラー を装着してのツーリングだったんだけど,これは凄い。風切り音がなくなり,疲労軽減。ずっと気になっていたんだけど,もっと早く導入すればよかったと思う。
2021年09月03日
_ [misc][底辺]デジタル庁
今週,デジタル庁なるものが発足した。なんかもう,名前からして終わってる。
東京都が渋谷で若者向けワクチン接種を行った。予約不要,先着順で接種できるという発想自体は悪くなかったが,用意されたワクチンは 300人分だった。早朝から行列ができ,受付を締め切った後も大混乱になった。想像力の欠如も甚だしいが,話はこれでは終わらなかった。
翌日は抽選券を配る方式に変えた。長さ 1km の行列が発生し,2226人に配って当選者は 354人だった。ハズレた人は,翌日また抽選で行列に参列するしかない。さすがに批判が噴出してオンライン抽選の検討に乗り出したが,まさにこれが日本の行政とデジタル化の実情だ。ツールはいくらでもあるのに,昔からのやり方を変えられない。
音であれ画像であれ映像であれ,自然界に存在するのはアナログ信号で,連続時間信号だ。それをサンプリング定理に基づいて離散化と量子化処理を行ったのがデジタル信号で,離散時間信号だ。離散化と量子化の処理を,デジタル化ということもある。記録されたデジタル信号は数字の羅列なんで,人が知覚するためにはアナログ信号に再変換する必要がある。再変換した結果と元のアナログ信号との区別ができないことを保証するのがサンプリング定理だ。
デジタル化は,学術的な裏付けに基づいた処理系が既に実装されている。そして,手段の 1つであって目的ではない。なのに,名前が「デジタル庁」だ。
オンラインミーティングが普及して移動の頻度が激減するこの時代に,トンネルを掘ってリニアを通そうとする。実体験には意味があるから,これはまだましだ。時の宰相である森元総理が IT革命を「イット革命」と読んだ。資源に乏しいこの国が,「座して死を待つよりは」とか言って先の大戦になだれ込んだ。航空機が戦況を左右する時代に大艦巨砲主義を貫いて戦艦大和や武蔵を建造した。遺跡を発掘したら,粘土板文書に「最近の若いモンは,,,」って書いてあった。
いつの時代も,人の本質は変わらないようだ。